gary1212のブログ : マレーシア、イポーでの生活。

滞在期間がマレーシア以外の時も 含んでいます。

マレーシア-イポー長期滞在生活での日常での出来事を書いてます。

ブログの目的は、もっぱら自分自身用の日記です。

不特定多数の方に情報を早く正確に伝達したい というつもりでは全く書いていません。

このためローカルの友人からもらった情報で、それが不確実な情報でも 私が関心を持ったものは 書いています。

繰り返しますが 読者のみなさんへの確実/正確/迅速な情報提供をしたい と思って書いているのではありません。

それじゃ困る と思う方は どうぞ 読まないでください。

よしなに。

天は人を平等に作ったのか (各宗教ごとの考え方)

Gary

AIに質問してみた。


結論としては 「 この世での幸せがすべての人に等しく与えられている」または「最終的に幸せの度合いが等しい 」という考え方は、明確にはどの宗教にも存在しない。


そう言うことなので、金持ちの家庭に生まれ、その後もずーっと金持ちのままで、健康的な体を授かり、頭脳明晰であって、精神を病まず、他人に迷惑をかけず、親、兄弟姉妹、子供、孫にも恵まれ、という人生を希望したいが、そう言うことは どの神様/仏さまにお願いしても 対応してもらえない ということだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜



(質問)


天、又は、神、又は 仏は 人を平等に作ったという考え方は各宗教ごとにありますか? 

具体的には、どの宗教に、貧しい家庭に生まれた人も金持ちの家庭に生まれた人も一生の間での幸せ度合いは一緒、とか、頭が良くかつ健康生まれた人も障害者として生まれた人も、長生きする人も短命で終わる人も、一生の間での幸せの度合いは皆一緒 とする考え方はあるのでしょうか?

それとも どの宗教にも そんな考え方は存在しない のでしょうか?



(回答)

とても深いご質問です。「神・仏・天は人を平等に作ったのか?」そして「人生の境遇にかかわらず、人の幸福度は皆等しいとする考え方はあるのか?」という問いに対して、宗教ごとに少しずつニュアンスが異なります。以下に各宗教について整理してお答えします。

1) 

仏教(大乗仏教)

  • 人は仏性を持つ点で平等に作られているとされる。
  • ただし、現世の境遇(貧富・障害など)は前世の業(カルマ)による差があるとされ、仏教は「なぜ不平等があるか」の説明を重視する。
  • 一生の幸・不幸が等しいとは言わないが、修行により誰でも悟りに至る可能性がある(=最終的な解脱では平等)。

2) 

キリスト教(カトリック)

  • **神はすべての人をその似姿に創造した(=霊的な意味で平等)**という教えがある(創世記1:27)。
  • ただし、生まれつきの能力や境遇に差があることは「神の御心」として受け入れる面がある。
  • 人生の幸福度が等しいとはされないが、神の愛は全ての人に等しく与えられている。

3) 

キリスト教(プロテスタント)

  • カトリックと同様、神の前の霊的な平等を強調。
  • 万人祭司・信仰による救いを強調し、貧富や健康に関係なく「救い」や「神との関係」は平等。
  • 「この世での幸福が等しい」という教えは特にないが、魂の救済は等しく与えられるべきとされる。

4) 

ロシア/ギリシャ正教

  • 同じく神の前での平等を認めるが、運命や苦難を神の摂理として受け入れる傾向が強い。
  • 地上での不平等(貧富・障害など)は、神の計画の一部として見なされる。

5) 

ユダヤ教

  • 人間は皆アダムから生まれたため本質的に平等とされる。
  • しかし、神の選民という概念があるため、全ての人に同等の役割・幸福が与えられているとは限らない。
  • 現世の不平等をどうとらえるかについてはラビによって解釈が分かれる。

6) 

イスラム教

  • 神(アッラー)はすべての人を平等に創造したとされる(人種・出自・貧富を問わず)。
  • 信仰と善行によって評価されるという点で、結果としての来世での報酬は平等になりうる。
  • この世での幸福が等しいとはされないが、「アッラーの試練」とされ、どんな境遇も信仰によって乗り越えるべきという考えがある。

7) 

儒教

  • 「天」は人を公平に見ているという考え方はある(孟子「舜も人なり、我も人なり」など)。
  • ただし、儒教は能力や徳に基づく序列を重視し、生まれや運命の違いを当然の前提とする。
  • 幸福度が皆等しいとは考えない。

8) 

道教

  • 道(タオ)の前ではすべての存在が自然の一部として平等。
  • ただし、人間社会の不平等についてはあまり積極的に解釈しない。
  • 自然との調和において幸福は可能とされるが、万人に等しい幸福があるとはしない。

9) 

仏教(上座部仏教/テーラワーダ)

  • 人は業によって異なる境遇に生まれるが、修行によって誰でも悟りに至る可能性がある点で平等。
  • この世の幸福(貧富・健康)は前世の結果であるとされるため、一生の幸福度が等しいとは考えない。

総括:

  • 「人間は本質的に平等に作られた」という考え方は、多くの宗教に存在します(キリスト教・仏教・イスラム教など)。
  • しかし、「この世での幸せがすべての人に等しく与えられている」または「最終的に幸せの度合いが等しい」という考え方は、明確にはどの宗教にも存在しないといえます。
  • 多くの宗教では、現世の不平等を「試練」「前世の業」「神の計画」として捉え、最終的な救い・悟り・天国といった形で平等が回復されると考えます。

もしご希望でしたら、各宗教の経典における具体的な引用や、神学的な解釈をさらに掘り下げてご説明できます。どの宗教を深掘りしたいですか?



以上(5/11記)