gary1212のブログ : マレーシア、イポーでの生活。

滞在期間がマレーシア以外の時も 含んでいます。

マレーシア-イポー長期滞在生活での日常での出来事を書いてます。

ブログの目的は、もっぱら自分自身用の日記です。

不特定多数の方に情報を早く正確に伝達したい というつもりでは全く書いていません。

このためローカルの友人からもらった情報で、それが不確実な情報でも 私が関心を持ったものは 書いています。

繰り返しますが 読者のみなさんへの確実/正確/迅速な情報提供をしたい と思って書いているのではありません。

それじゃ困る と思う方は どうぞ 読まないでください。

よしなに。

武漢からの旅行者(親娘)に出会った (武漢は農村だと思った)

あれは2年半くらい前のことだった。


地下鉄半蔵門線で水天宮に向かう途中の車両の中でキャピキャピ服装姿のお姉さんが地下鉄網の路線図を何度も確認しなんだか不安そうにしていた。


このお姉さん、席から立ち上がっては路線図をチェックし、席に戻って、更に 又 しばらくすると 路線図をチェックしに立ち上がり、ということを繰り返しいる。


顔立ちは日本人と見分けがつかないのだが 不安そうな仕草を見ていると どうも日本人ではないみたいだ。


それに服装が日本人の若いお姉さん達が着るよりも遥かにド派手な、まるでお昼に水商売のお姉さん達が好んで着るようなパッツンパッツンのタイツ姿でなんとも言えない地下鉄車両内の風景だった。


どうやら香港か台湾あたりからやってきた観光客かな と思って、英語で 「お困りですかどこへ行きたいのですか」と声をかけた。



もしかしたら 英語は通じず 中国語で返事されるんじゃないか とも思ったが、流暢な英語が返ってきた。



成田空港に行きたいのだが この地下鉄路線のどこで乗り換えをすれば良いのか 教えてほしい と言う。


地下鉄路線は成田空港には直結していないので、何個めかの駅で一旦下車して 構内を移動して 私鉄の電車に乗り換える必要がありますよ、と教えてあげた。



お姉さんは 両親と一緒だった。


両親の服装を見ると まさしく中国の農村からやってきた という感じの服装だった。


どこから来たのか と聞くと なんとかだ というので 漢字で書いてもらった。


武漢 という名前の都市だった。


でも そういう都市は知らないなぁ と私が答えると 中国三国志の赤壁の戦いの近くにある都市だ と教えてくれた。



中国の都市名で 私が知っているのは 北京 上海 香港 西安 天津 成都 南京 重慶 くらいなので 武漢なんて都市があるのは知らなかったし、両親の服装から判断して武漢というのは相当の農村だろう と その時は 思った。



成田空港での乗り継ぎ時間が長いので 両親と娘の3人旅行者は 都内見学に出かけて これから成田空港に戻るところだ と言っていた。


日本に観光旅行に来たわけじゃなくて どこか別の国に旅行に行く道中で 成田空港での乗り継ぎ時間の余裕が十数時間あったので、銀座だか新宿だか を観てみたい という娘の希望に 両親は付き合わされてしまったようで 気の良い中国の農家の夫婦という風情の両親は 疲労困憊した様子で座席にすわっていた。



水天宮での待ち合わせ時間には余裕があったので 更にその先の乗り換え下車駅の改札まで一緒に行ってあげて 成田空港への乗り換え私鉄の「乗り換え案内の看板」を指して あっちへ行くんですよ と教えてあげた。


両親は疲労し切った表情ながらも 異国で出会った私の親切が嬉しかったのだろう、ニッコリとして私を見た。



ズーッと どうにも違和感が残る親娘3人の旅行者だったなぁ と記憶に残っていた。


(1)農夫のような素朴な服装の両親(もちろん英語は話せない)、
(2)英語が流暢なド派手服装(化粧も)な娘、
(3)武漢なんていう農村から 親娘三人で外国旅行 、



中国って 内陸部も豊かになって 農村の人も外国旅行(団体旅行じゃなくて個人旅行)に行く時代になったんだ 、 しかも 若い人は 農村であっても英語を流暢に話す なんて 。。 と思ったのだが 最近の新型コロナウイルスのニュースでは 武漢って 大都会らしい。




以上 (2/2 記)