gary1212のブログ : マレーシア、イポーからの異文化体験のお便り日記 を更新中。 日記なのですが 毎日じゃなくて、数日に一回程度です。


ブログの目的は、自分自身用の日記ですが、公開日記にすることで 情報を調べたり、確認する必要があるので、脳機能の活性化になっています。

( イポー物語 6) Papan Goast Town ( かつてシビルのいた村 パパン 、 今ではゴーストタウン化 )

シビルのことは 9月21日のブログ記事 「 シビル (かつてイポー住んでいた) のこと、 現在イポーの ユーラシアンのこと 」に書いた。




無人の建物ばかりではない、廃墟の一階部分に 人が住んでいる建物も複数あるのだ。

また 多くの廃墟同然に見える住宅の前には、乗用車が駐車してある。


ゴーストタウンなのに 人が住んでいる不気味な村落。

一階部分の暗闇に 人が数人 座って 道路を眺めている、そこを 車で通り過ぎたのだが、亡霊にジロリと見られたような気がして、とても写真撮影などする気分になれなかった。

錫鉱山で一時は活気のある村だったが、イポーが栄えるにつれ、逆にパパン村はどんどんと寂れ、 若い人たちは パパン村から出て行ってしまい、今では 住人は かつての錫鉱山労働者であった老人部落 になってしまった ようだ。

建物の前に駐車してある乗用車は、村から出て行った息子/娘達 が 祝日で親のいるパパン村に 里帰りで 乗って来た自動車なのだろうか。

シビルの診療所も 記念館 として 保存して 遺品などを展示し、パパンの観光ポイントのひとつにしよう としたらしいが、その記事は 10年も前だ。

今でも シビル記念館はあるのだろうか?



Historical Papan Hangs On Tin Price - Ipoh Echo (Archives)


History of Papan

Papan was established as a settlement of Mandailing people under their leader Raja Bilah around 1882. In the late 19th century, it was a mining town. As was practically every town within the Kinta Valley, and with mining came social volatility and triad warfare. The friction between the Ghee Hin and Hai San secret societies erupted into what was known as the Papan Riot on 29 November 1887. The riot was put down by Lieutenant-Colonel R.S.F. Walker (whose statue stands today in the compound of the Perak Museum).

The town had a slight headstart over Ipoh, but was quickly surpassed by the latter by 1892. When the railway line was built from Ipoh to Tronoh in 1908, it even had a stop in Papan.

Papan is also noted today for being the home of war-time heroine Sybil Kathigasu, an Eurasian of Irish-Indian extraction, who received the George Medal for Gallantry, the second level civil decoration of the United Kingdom and Commonwealth, in 1948, the only woman in Malaya to receive it. Her house at 74, Jalan Besar is now managed by the Mr Law Siak Hong, the Vice President of the Perak Heritage Society, as a showcase of her life.

Papan Travel Tips, Perak

以上 (10/20記)