Thessaloniki にはアレキサンダー大王の遺跡はない (テトラルキア:ガレリウス帝)
テッサロニキというとアレキサンダー大王の生誕の土地だから見学できる遺跡は沢山あるだろうと思っていたが、そうではなかった。
時代が古すぎるのだろうか。
それにアレキサンダー大王はギリシャと連想してしまうが、マケドニアだ。
アテネはギリシャだが、テッサロニキはマケドニアだ。
テッサロニキには、他方、ローマ帝国時代の遺跡は多く残っている。
高校世界史で勉強したローマ帝国の歴史をもう一度、インターネットで検索/復習しながら、テッサロニキの旧市街を歩いた。
5賢帝時代
軍人皇帝時代
ディオクレテアニス帝
コンスタンチヌス帝
テオドシウス帝
高校世界史レベルの基礎知識がないと、街中にある遺跡の前にある解説文を読んでいてもありがたみを感じない。
ディオクレテアニス帝によるテトラルキアで四帝分治制になって、その後 ガレリウスがテッサロニキを含む東ローマ地域を統治した。
そしてテオドシウス帝の死後 ローマ帝国は東西に分裂し、以降 テッサロニキは コンスタンチノープルに次ぐ ビザンチン帝国の第二の都市として栄えた。
アレキサンダー大王時代に関する遺跡は ペラ(Pella)にあるようだ。
以上(5/7記)