ユーラシアン ( 中西式洋食レストラン)
今日はCRTYが市内中心部のレストランでランチをご馳走になった。
CRTY/LZにとっては30年前からの行きつけのレストラン。
料理は、中華系+マレー系+ウエスタン系=混合チャンポン系 という いわばローカルミックス系。
いかにもユーラシアン好みのレストランだ。
私は マレー系のセットランチメニューにした。 美味しかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
FYI
マレーシアには
1) マレー系
2) 中華系
3) インド系
のほか
4) マレー半島系オランアスリ (マレー系がやってくる前から本来の土着民: キャメロン高原で見た小人族など複数多岐に渡る部族) : 松本清張の「赤い絹」にも登場。
5) ボルネオ島系( サラワク州、サバ州)の原住民 (首狩族など)
6) 外国人労働者 (パキスタン、ネパール、バングラ、インドネシアほか 低賃金労働者)
がいるが、それ以外にも
7) ユーラシアン と呼ばれる人々もいる。
写真の夫妻は ユーラシアン系。(写真:割愛)
旦那の祖先には ポルトガル人。 (その後、中国系+ インド系の血も混じっているので ユーラシアン系の端っこ。)
奥さんの祖先には 英国人。 (姉妹の中には 英国や米国に居住している人もいる)
もう7年以上のお付き合いになる。
今日は イポー市内中心部のレストランでランチをご馳走になった。
マラッカに ポルトガルセトルメントという地区がある。
そこに行った時、運転中、歩道に 風貌は堀の深い欧州人系だが、色は褐色の若い女性を見かけた。
ユーラシアンの典型だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(マレーシアの歴史)
ポルトガルはマラッカを支配していたが、オランダに攻め込まれ、マラッカを占拠された。
(その後、オランダ支配が続いたが、オランダ/英国間の協議で、オランダは英国にマラッカを明け渡し、代わりにインドネシアから英国は手を引いた。)
オランダ人はポルトガル人を皆殺しにはしなかった。
ポルトガル系住民は 本国に戻らず(戻ることが出来ず)、セトルメント地区で 漁民として生き残ってきた。
現地のマレー系と混血も進んでいるが、それでも容姿に 欧州人の形跡が残っている人もいて 興味深い。
なお、マラッカの華人系は 明の大将軍「鄭和」総督の時代に遡るので、イポーの華人とは 由緒が異なる。
以上(2/12記)